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[メモ] アメリカ連邦最高裁のCPPA違憲判決(1)

議会は、子どもを虐待から守る有効な法律を通過させて良いし、そうしている。例えば合衆国法典タイトル18の2241条と2251条。しかし、犯罪の可能性それ自体は保護された言論を抑圧する法律を正当化しない。Kingsley Int'l Pictures Corp. 対Regents of Univ. of N.Y., 360 U.S. 684,689(1959) を見よ(「自由人の間では、犯罪を妨げるために通常適用される抑止力は、教育と、法の違反に対する罰であり、自由な言論の権利を弱めることではない」)(内部の引用符と引用文は除省略した)。 言論を、それが我々の感情を害するも主題に関するものであるという理由で禁止してはいけないということも十分確立された。FCC 対 Pacifica Foundation, 438U.S.726,745(1978) を見よ(「社会が言論を不快であると思うかも知れないという事実は、それを抑圧する十分な理由ではない」)。同様にReno 対 American Civil Liberties Union,521 U.S. 844, 874(1997)を見よ(「成人の自由な言論権利を検討する際に、我々は『下品はあるが猥褻ではない性的表現が修正第一条によって保護される』ことを完全に明らかにした」)(引用は SableCommunications of Cal., Inc. v. FCC, 492 U.S.115,126(1989) 。 Carey 対 Population Services Int'l, 431U.S. 678, 701 (1977)(「保護された言論が誰かを不快にさせるかも知れないという事実は、その言論の抑圧を正当化しない」)。

http://homepage2.nifty.com/dreirot/column/porno.html

[メモ] 奥平康弘氏の法廷証言(3)

弁護人:検察官は今回裁判を通じて証人尋問をする際に、青少年がこの「蜜室」を読んだらどうなるんだということを繰り返し尋問されているんですが、青少年の健全育成という観点から刑法175条のわいせつ規制を正当化するということはできるんでしょうか?

証人:それはちょっとできかねる。
表現の自由というのは、従来から大人の自由をどう確保するかということであったし、わいせつ文書について言いますと、イギリスでは昔コモンローの中で「わいせつの規制」があった。
そのときに、ある時代までは、その表現物に接したら一番ショックの程度の激しい人、いわゆる傷つきやすい人に対してショックを与えればわいせつだというふうに考えられていたことが、アメリカでは完全に否定されてしまったのと全く同じように、子供を基準として、発展過程にある子供と、発展を一応済ませたと考えられる大人の論理とを混同して、大人の読むことのできる領域を子供の読む領域まで下げてしまうということになると、あらゆる表現領域で表現の自由を保障するという意味は全くなくなってしまうと思います。

http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Tone/9018/shoubun0714-04.html

[メモ] 奥平康弘氏の法廷証言(2)

弁護人:わいせつ規制を考える上で、「国民の多くはそういう表現物が氾濫することを望んでいないんだと、こういうものは規制されてもしょうがないと考えているんだから、規制されてもいいんだ」と、そういう観点から、その表現規制を正当化するということはできないんでしょうか?

証人:それは事実そういうことで正当化していると思います。社会は。そして、その人々が「わいせつ物? ああ、それは取り締まるのは当たり前じゃないの、取り締まって何も悪いことないんじゃないの」というコンセンサスがある、それは間違いないと思います。

だけど問題は、そのようなコンセンサスが何によってどのように作られているかということについて個々に分析してみると、憲法的な表現の自由を媒介として、それをルールとして切り開いて作られた理論としてコンセンサスがあるわけではもちろんない。あり得ない。
何も知らずにコンセンサスがあるということは大いにあり得るわけです。それが第1点。

第2点として、コンセンサスは行き渡っているじゃないかと、その世の中の普通の姿じゃないかということで表現の自由が切られるとするならば、今ここでは表現の自由が問題なんですが、表現の自由がそのような、一般の人々が「いいんじゃないの、これは」ということがしきたりとして成り立っていて、議論をしないで「そういうもんだろう」と思っていることを基準として、表現の自由が良いとか悪いとかいうことになると、「なぜ表現の自由というものがあるのか?」ということとの関係で、表現の自由というのは、少数者の利益を確保するということなのであって、多数者の利益を確保するためには表現の自由なんて要らんのですよ。

表現の自由というのは、人々から悪評判であったり、人々が「ああ、それなら規律していいんじゃないの?」というところにいて、「いや、これは規律することは間違ってるんだ」という少数者の側の利益を保障するのが憲法なんだと。だから、今おっしゃったようなことでは説明できない。

http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Tone/9018/shoubun0714-04.html

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