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(メモ) 「性・生殖・次世代育成力」 (小泉義之)

マッキノンにおいて注目すべきは、男女の不平等が男女の差異に先行するとされることである。この本源的で一次的な男女の不平等は、それに付随するいくつかの要素を剥ぎとり還元するなら「誰が誰に何をするかが許されるか」を決定するコードのことだと解することができる。つまり男(女)が女(男)の肉体におこなっても(したがっておこなわれても)当然かつ許容可能とみなされる行為様態を定めるコードのことであり、要は男女間の性行為そのものが「不平等」の正体なのである。このことはマッキノンのレイプ論によっても確認できる。マッキノンによれば、プロチョイス派もプロライフ派もレイプによる妊娠については中絶を容認するが、その正当化事由となっているのは女の性行為にたいする選択の自由(の暴力的な剥奪)である。裏からいえば、ここには男の暴力・強制性を排することができるなら、男女の性行為は平等なものとなるとの想定がある。だがマッキノンによれば、それは誤りである。

(略)

ラディカルフェミニズムの議論のひとつに、女が男に同意する過程にたいする外部の作用因の指摘をもってして、その同意過程と対象に強制性が宿るとする論法がある。これじたいは凡庸な指摘だが、そのうえでゲイ・ルービンは、性規制の法も道徳も異性愛以外の性行為にかんしてはそれが合意にもとづくか否かにかかわらず、それが対等平等な人格間の行為であっても当該行為そのものに反価値性が宿っていると判定している。これにたいしてリッチ・マッキノン・アンスコムも、異性愛の生殖擬態行為そのものに反価値性が宿っていると判定しているのである。そしてこの観点からすれば、異性愛は「参与者の欲望がどうであろうと、犯罪性が行為そのものに内在している」「自然に反する嫌悪すべき忌まわしい犯罪」ということになる(マッキノンは性倒錯を規制する法の論理を、異性愛に転用したとみることもできよう)。

http://www.arsvi.com/b2000/0910ky.htm


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