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行為と表現の一元論とCPPAの違憲判決

これまで、例えば暴力表現について、暴力の表現が不可避的に暴力を喚ぶ、というよう議論は受け入れられてこなかった。暴力表現とその視聴者の現実の暴力との因果関係はあくまでも「可能性」の問題であり、表現自体にそれを必然的に惹起する要素が含まれているわけではないのである。あくまでも表現そのものではなく、それに続く行為だけが規制対象であった。

ところが、チャイルド・ポルノグラフィについては、しばしば「ペドファイルを現実の行為へと駆り立てるのではないか」「人びとが子供たちを性的対象として認識するような世界を構築するのではないか」というおそれが、表現とその効果との決定的な違いを曖昧にすることがあるようである。この点について裁判所は、一貫して否定的態度を示してきた。Ferver判決においても「視聴者への効果や、チャイルド・ポルノグラフィの拡散がコミュニティにおいてもたらすであろう効果を問題にするような一語single wordすら含んでいなかった」し、Osborne判決も、チャイルド・ポルノグラフィ規制の理由を「現実の被害者の保護」と述べていた。ところが、このOsborne判決では、チャイルド・ポルノグラフィの単純所持の規制を正当化するために、それを見たペドファイルによる新しい犠牲者が生まれるかもしれない、という理由付けを、その他複数の理由のなかに忍ばせている。このように、ペドファイルが当該画像・映像に対してどのように反応するかということを問題にするということは、actionではなく、思考やファンタジーを取り締まることに他ならない、という。

しかし、生身の子どもが登場しないヴァーチャル・チャイルド・ポルノグラフィをも禁止対象としており、問題の焦点を完全にポルノグラフィ製作段階における児童虐待ではなく、視聴者におけるチャイルド・ポルノグラフィの効果にあてていたChild Pornography Prevention ACT of 1996は、すぐ前で述べたように二〇〇二年の違憲判断をうけた。同法は、議会では「子供たちを性的な対象とするような社会構成的観念を助長する」との議論が交わされており、これはまさに、先に見たような「言語による社会構築主義に基礎を置いた」立法だったと評価される。この意味で、Ashcroft v. Free Speech Coalitionは言論の社会構築効果を理由にした制約を否定したものと理解される。

https://qir.kyushu-u.ac.jp/dspace/bitstream/2324/11004/1/KJ00004858554.pdf

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