APP研究会のメンバーによる規制推進論
児童ポルノは「Zero Torelance」(=決して許されないもの)であり、子どもに対する重大な人権侵害という事実は、社会通念上の事実だと信じています。その一般常識がありながらも、疑似体験の「レイプレイ」(=子どもへの性暴力ゲーム)がゲームだから取り締まられないのは、わたしは異常だと思います。
(略)
保護法益は子どもを守ること。そして児童ポルノの根絶。これらを守るためには、大人の人権は制約を受けるべきだと考えます。そこで、どの程度の制限が必要があるかは、製暴力ゲームと性犯罪の因果関係を調査すべきですが、少しでも因果関係があれば上述の「ZeroTorelance」という社会通念から、規制すべきです。
(略)
児童ポルノ規制の反対派は、「表現の自由」全体への問題!と胸を張ってロビー活動をされていますが、今回の法律の保護法益は、「子どもの権利」、つまり「児童ポルノの根絶」であり、決して「表現の自由」が問題ではありません。つまり「児童ポルノを根絶」するためには、単純所持自体を罰する必要があります。
(略)
Q9.「性暴力ゲーム」が性犯罪を抑制させてるのでは?
A9.「性暴力ゲーム」(今回は「児童性暴力ゲーム」)の規制によって、性犯罪率が上昇すること自体が「性暴力ゲーム」と「性犯罪」の因果関係を認めることでもあり、性犯罪に対して厳罰化を行う必要があると考えます。「性暴力ゲーム」が性犯罪を抑制する考え方自体が、不適合だと考えます。
Q10. わが国の強姦発生件数は、他国より低いのでは?
A10. 質問内容のわが国の「強姦発生件数」は間違いで「強姦認知件数」を指します。わが国では、特に性犯罪被害者に対しての落ち度論が盛んであり、性犯罪を申告しづらい環境が存在する以上、わが国の実際の強姦発生件数は、他国と比べてもかなり高い数字であると確信しています。(簡易調査ではありますが、かなりの割合で強姦を含む性犯罪被害事案が発生していると裏付けられる話を聞いたことがあります。具体的内容につきましては割愛します。)
http://www28.atwiki.jp/erogekisei/pages/25.html
(コメント)
少なくとも実写の児童ポルノについては、その製造過程における人権侵害が重大なものであることを認めない「反対派」を私は見かけたことがありません。
被写体の実在しないゲームなどについては、ひとつには「集団としての児童の人権論」(名誉毀損アプローチの一種)を媒介として、それを人権侵害と認める論理構成が、急進的な規制派から提出されています。すなわち、APP研究会などが「子ども」というときは、それが単なる「子どもの概念」を意味している場合があるということです。
もうひとつは、ゲームなどと性犯罪との因果関係(違法行為扇動アプローチ)です。わずかでもつながりが認められれば、それは表現物の側に責任が帰されるべきであるというお考えをお持ちのようです。なぜそうであるべきかといえば、それはZeroTorelanceであるからというのが彼の論理です。
(ちなみに、ZeroTorelanceという言葉が、彼においては「存在すべきでないもの」と同義に使われているようで、存在すべきでないものと「これまで」考えられてきたことを前提として、存在すべきでないものと「これからも」考えなければいけないという一種の自然主義的誤謬になっているように思われます)
反対派が今回の与党案を「表現の自由」の問題と捉えているのは、単純所持を法規制の第一弾(高市議員)として、創作物に対する調査研究項目が入っているからです。反対派は反対派なりに先のことまで考えて行動しているということを彼は理解していないようです。
「性暴力ゲーム」と「性犯罪」との「逆向きの」因果関係が認められたならば、性犯罪に対して厳罰化を行う必要があるという彼の主張は、非常に不可解なものです。おそらくは、「性暴力ゲーム」が性犯罪の抑制に役立ったと仮定しても、それとは無関係に、とにかく性犯罪は(彼のいう)ZeroTorelanceによって厳罰化すべきであるという規範的な主張が、彼の意図しているところだと思われます。
「強姦認知件数」周りの議論については、世に知られないところで性犯罪が欧米に劣らず多発しているに違いないという単なる彼の「確信」(それも反証が不可能なもの)にすぎないわけです。彼の「確信」は、欧米人に比べて日本人が大変泣き寝入りしやすいと仮定していることを意味するものです。ただ、現代の日本人が過去の日本人よりも泣き寝入りしやすくなっていると仮定しない限りは、認知件数における性犯罪の減少傾向からして、性犯罪に関して日本がより安全な国に変化してきていると結論することができることも事実です。
(追記)
Zero Torelanceは一般には「規範意識」と結びついている概念ですが、それが大人を対象とするもので、人権侵害を伴わない創作物規制について言われている場合、リーガル・モラリズムと同様の問題を抱えていると思います。
(追記)
以下引用。ランナー氏によるコメント欄の議論もご参照ください。
犯罪が多い国かどうかを各国の犯罪統計(公式的な業務統計)の結果から比較することは、各国の法体系上、軽犯罪をどこまで含めるかが異なり、また、どうせ捕まらないと考えている犯罪を被害者がどれだけ訴えるかが国によって異なるので難しい。一番効率的な比較方法は、直接、一定の期間に一定の犯罪の被害を受けたか共通の質問票で調査することである。こうした調査である「国際犯罪被害者調査」(国連地域間犯罪司法研究所(UNICRI)と国連薬物・犯罪局(UNODC)によって実施)に多くのOECD諸国が参加しており、ここではその結果をグラフにした(データはOECD Factbook 2006・2009による)。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2788.html
国連機関による国際犯罪被害者調査の結果については、すでに、図録2788(犯罪率の国際比較)と図録2788c(主な犯罪の被害者率)について調査の概要とともにふれたところであるが、ここでは、同じ調査で取り上げられている接触型犯罪の3類型、すなわち強盗、暴行・恐喝、性犯罪についてのOECD諸国比較のグラフを掲げた(データはOECD Factbook 2009による)。
(略)
女性への性犯罪では、第1位はアイルランドであり、これに米国、スウェーデンが続いている。日本はOECD平均よりは低いが、強盗や暴行・恐喝と異なって最低ではなく、1.3%と相対的に高い比率となっている。女性は人口の半分であるので、女性だけ取った被害率は、2倍となる。すなわち100人に2.6 人ほどは過去1年に被害にあっている勘定である。日本であると痴漢が多いと思われるが、アイルランド、米国などではどんな性犯罪が多いのであろうか。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2788d.html
(略)
保護法益は子どもを守ること。そして児童ポルノの根絶。これらを守るためには、大人の人権は制約を受けるべきだと考えます。そこで、どの程度の制限が必要があるかは、製暴力ゲームと性犯罪の因果関係を調査すべきですが、少しでも因果関係があれば上述の「ZeroTorelance」という社会通念から、規制すべきです。
(略)
児童ポルノ規制の反対派は、「表現の自由」全体への問題!と胸を張ってロビー活動をされていますが、今回の法律の保護法益は、「子どもの権利」、つまり「児童ポルノの根絶」であり、決して「表現の自由」が問題ではありません。つまり「児童ポルノを根絶」するためには、単純所持自体を罰する必要があります。
(略)
Q9.「性暴力ゲーム」が性犯罪を抑制させてるのでは?
A9.「性暴力ゲーム」(今回は「児童性暴力ゲーム」)の規制によって、性犯罪率が上昇すること自体が「性暴力ゲーム」と「性犯罪」の因果関係を認めることでもあり、性犯罪に対して厳罰化を行う必要があると考えます。「性暴力ゲーム」が性犯罪を抑制する考え方自体が、不適合だと考えます。
Q10. わが国の強姦発生件数は、他国より低いのでは?
A10. 質問内容のわが国の「強姦発生件数」は間違いで「強姦認知件数」を指します。わが国では、特に性犯罪被害者に対しての落ち度論が盛んであり、性犯罪を申告しづらい環境が存在する以上、わが国の実際の強姦発生件数は、他国と比べてもかなり高い数字であると確信しています。(簡易調査ではありますが、かなりの割合で強姦を含む性犯罪被害事案が発生していると裏付けられる話を聞いたことがあります。具体的内容につきましては割愛します。)
http://www28.atwiki.jp/erogekisei/pages/25.html
(コメント)
少なくとも実写の児童ポルノについては、その製造過程における人権侵害が重大なものであることを認めない「反対派」を私は見かけたことがありません。
被写体の実在しないゲームなどについては、ひとつには「集団としての児童の人権論」(名誉毀損アプローチの一種)を媒介として、それを人権侵害と認める論理構成が、急進的な規制派から提出されています。すなわち、APP研究会などが「子ども」というときは、それが単なる「子どもの概念」を意味している場合があるということです。
もうひとつは、ゲームなどと性犯罪との因果関係(違法行為扇動アプローチ)です。わずかでもつながりが認められれば、それは表現物の側に責任が帰されるべきであるというお考えをお持ちのようです。なぜそうであるべきかといえば、それはZeroTorelanceであるからというのが彼の論理です。
(ちなみに、ZeroTorelanceという言葉が、彼においては「存在すべきでないもの」と同義に使われているようで、存在すべきでないものと「これまで」考えられてきたことを前提として、存在すべきでないものと「これからも」考えなければいけないという一種の自然主義的誤謬になっているように思われます)
反対派が今回の与党案を「表現の自由」の問題と捉えているのは、単純所持を法規制の第一弾(高市議員)として、創作物に対する調査研究項目が入っているからです。反対派は反対派なりに先のことまで考えて行動しているということを彼は理解していないようです。
「性暴力ゲーム」と「性犯罪」との「逆向きの」因果関係が認められたならば、性犯罪に対して厳罰化を行う必要があるという彼の主張は、非常に不可解なものです。おそらくは、「性暴力ゲーム」が性犯罪の抑制に役立ったと仮定しても、それとは無関係に、とにかく性犯罪は(彼のいう)ZeroTorelanceによって厳罰化すべきであるという規範的な主張が、彼の意図しているところだと思われます。
「強姦認知件数」周りの議論については、世に知られないところで性犯罪が欧米に劣らず多発しているに違いないという単なる彼の「確信」(それも反証が不可能なもの)にすぎないわけです。彼の「確信」は、欧米人に比べて日本人が大変泣き寝入りしやすいと仮定していることを意味するものです。ただ、現代の日本人が過去の日本人よりも泣き寝入りしやすくなっていると仮定しない限りは、認知件数における性犯罪の減少傾向からして、性犯罪に関して日本がより安全な国に変化してきていると結論することができることも事実です。
(追記)
Zero Torelanceは一般には「規範意識」と結びついている概念ですが、それが大人を対象とするもので、人権侵害を伴わない創作物規制について言われている場合、リーガル・モラリズムと同様の問題を抱えていると思います。
(追記)
以下引用。ランナー氏によるコメント欄の議論もご参照ください。
犯罪が多い国かどうかを各国の犯罪統計(公式的な業務統計)の結果から比較することは、各国の法体系上、軽犯罪をどこまで含めるかが異なり、また、どうせ捕まらないと考えている犯罪を被害者がどれだけ訴えるかが国によって異なるので難しい。一番効率的な比較方法は、直接、一定の期間に一定の犯罪の被害を受けたか共通の質問票で調査することである。こうした調査である「国際犯罪被害者調査」(国連地域間犯罪司法研究所(UNICRI)と国連薬物・犯罪局(UNODC)によって実施)に多くのOECD諸国が参加しており、ここではその結果をグラフにした(データはOECD Factbook 2006・2009による)。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2788.html
国連機関による国際犯罪被害者調査の結果については、すでに、図録2788(犯罪率の国際比較)と図録2788c(主な犯罪の被害者率)について調査の概要とともにふれたところであるが、ここでは、同じ調査で取り上げられている接触型犯罪の3類型、すなわち強盗、暴行・恐喝、性犯罪についてのOECD諸国比較のグラフを掲げた(データはOECD Factbook 2009による)。
(略)
女性への性犯罪では、第1位はアイルランドであり、これに米国、スウェーデンが続いている。日本はOECD平均よりは低いが、強盗や暴行・恐喝と異なって最低ではなく、1.3%と相対的に高い比率となっている。女性は人口の半分であるので、女性だけ取った被害率は、2倍となる。すなわち100人に2.6 人ほどは過去1年に被害にあっている勘定である。日本であると痴漢が多いと思われるが、アイルランド、米国などではどんな性犯罪が多いのであろうか。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2788d.html



