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[メモ] 奥平康弘氏の法廷証言(2)

弁護人:わいせつ規制を考える上で、「国民の多くはそういう表現物が氾濫することを望んでいないんだと、こういうものは規制されてもしょうがないと考えているんだから、規制されてもいいんだ」と、そういう観点から、その表現規制を正当化するということはできないんでしょうか?

証人:それは事実そういうことで正当化していると思います。社会は。そして、その人々が「わいせつ物? ああ、それは取り締まるのは当たり前じゃないの、取り締まって何も悪いことないんじゃないの」というコンセンサスがある、それは間違いないと思います。

だけど問題は、そのようなコンセンサスが何によってどのように作られているかということについて個々に分析してみると、憲法的な表現の自由を媒介として、それをルールとして切り開いて作られた理論としてコンセンサスがあるわけではもちろんない。あり得ない。
何も知らずにコンセンサスがあるということは大いにあり得るわけです。それが第1点。

第2点として、コンセンサスは行き渡っているじゃないかと、その世の中の普通の姿じゃないかということで表現の自由が切られるとするならば、今ここでは表現の自由が問題なんですが、表現の自由がそのような、一般の人々が「いいんじゃないの、これは」ということがしきたりとして成り立っていて、議論をしないで「そういうもんだろう」と思っていることを基準として、表現の自由が良いとか悪いとかいうことになると、「なぜ表現の自由というものがあるのか?」ということとの関係で、表現の自由というのは、少数者の利益を確保するということなのであって、多数者の利益を確保するためには表現の自由なんて要らんのですよ。

表現の自由というのは、人々から悪評判であったり、人々が「ああ、それなら規律していいんじゃないの?」というところにいて、「いや、これは規律することは間違ってるんだ」という少数者の側の利益を保障するのが憲法なんだと。だから、今おっしゃったようなことでは説明できない。

http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Tone/9018/shoubun0714-04.html

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