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(メモ)東京都青少年健全育成条例の改正に強く反対します(地婦連)

2010年12月9日

東京都議会議長及び議員各位
特定非営利活動法人 東京都地域婦人団体連盟
会長 川島 霞子

東京都青少年健全育成条例の改正に反対します

 私達は1948年創立の東京都域の地域婦人会の連合体です。創立以来、母親の視点から青少年の権利を擁護し、健全育成に取り組んでまいりました。

 しかし、今般都議会でご審議されている東京都青少年健全育成条例の改正案には解釈によっては有害情報の判断に行政の関与を許す可能性を残していること、費用対効果の疑われる施策が盛り込まれていること等の問題点があります。私達は以下のとおり、条例の本改正案に反対します。

1  今回の東京都の改正案には、前回の改正案と共通して、有害情報の判断に東京都の恣意的な解釈を許す表現が残っています。例えば、「著しく不当に賛美・誇張」「著しく社会規範に反する」等の記述は、抽象的で、行政当局の運用によって、規制の範囲をいかようにも拡大することができるという指摘が各方面からされています。私達は、表現の自由に公的機関が介入し、自由な発言が制限された戦前戦中のような時代を二度と作り出してはいけないと、常に考えてきました。危険性を残した今回の改正案には強く反対します。

2  今回条例案に盛り込まれた携帯電話等や機能の推奨制度は、日進月歩の技術革新の見られる分野であるだけに、税金の無駄遣いになりかねません。また本来、保護者は子どもの発達段階を考えて、子どもに合った携帯端末やその機能を選択するべきです。そのことが、子どものインターネット利用状況を保護者が適切に把握・的確に管理し、責任を持つことにつながります。東京都が保護者のあり方を問うことなく、一般的な観点から端末や機能を推奨しても、後手後手になり、結局、税金の無駄遣いです。

http://www.chifuren.gr.jp/tokyo/kikanshi/kikansi.htm#2

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東京都青少年の健全な育成に関する条例の改定可決に抗議するアピール

私たちは、「東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例案」に反対し、現行の「不健全」図書指定の審議会に対して、市民への全面公開や、指定の取り消し、異議申し立て手続きの整備を強く求めてきました。

問題点を指摘している当事者である私たち表現者に諮ることもなく進められてきた今回の改定案には、「刑罰法規に触れる性行為」「著しく社会規範に反する」といった、判断基準が曖昧な文言が存在しています。曖昧であるがゆえに、「慎重な運用」を盛り込んだ付帯決議は、かえって当局に伸縮自在の「解釈の裁量」を与え、恣意的な判断を許すことになります。第三者機関とされる審議会も、行政に人事権があり、その運用の主体は、行政と警察になります。つまり、出版・表現物に対して、監視する立場の「青少年・治安対策本部」がさらに優位な立場になるのです。

出版者・販売者は、トラブルや規制による販売制限を怖れ、また、「不健全図書」に指定されることを避け、過度の自主規制が考えられます。それらは、創作の現場全体への制約に繋がります。

そもそも「慎重に運用」しなければならないような条例は、不完全な条例であるといえます。私たちは、今回の改定に反対すると共に、「不健全図書」指定の審議会に対して、市民への全面公開や、指定の取り消し、異議申し立て手続きの整備を強く求めます。

2010年12月17日

一般社団法人日本劇作家協会社団法人日本劇団協議会協同組合日本脚本家連盟
国際演劇評論家協会(AICT)日本センター(12月20日付)
協同組合日本シナリオ作家協会(12月20日付)
日本児童・青少年演劇劇団協同組合(12月20日付)
協同組合日本映画監督協会(12月22日付)
日本新劇俳優協会(12月22日付)
日本演出者協会(12月24日付)
※表現や言論の各団体にこのアピールへの賛同を広く呼びかけています。

http://www.jpwa.org/main/images/pdf/appeal101217.pdf

漫画の性描写 規制は臆病なほど慎重に

過激な性描写のある漫画やアニメの販売を規制する東京都の青少年健全育成条例改正案が都議会で可決され、成立した。来年7月までに施行される。

 ちまたに性情報があふれ、子どもたちがそれを見たり、読んだりできる現状を苦々しく思っている人は多いだろう。

 確かに、子どもに見せたくない過激な性行為を描写した作品が、コンビニなどで青少年が簡単に買えるという環境は、決して好ましいものではない。

 だからといって、それを規制するルールの強化が直ちに必要というのでは、短絡的すぎるのではないか。安易な規制強化は、憲法で保障された「表現の自由」を危うくする恐れがある。

 漫画家や出版業界、日本弁護士連合会などが今回の条例改正に強く反対しているのも、行政の恣意(しい)的な規制や規制対象の拡大解釈によって、表現や出版の自由が侵される懸念がつきまとうからだ。

 漫画家たちも「行政の勝手な判断で取り締まれる余地が広がり、創作活動を萎縮させる」と心配する。

 漫画やアニメは日本が世界に誇れる文化だ。それを支える作家たちの自由な発想や創造力を、萎縮させるようなことがあってはなるまい。

 「あしたのジョー」などの作品で知られる漫画家ちばてつやさんは「意識のどこかに規制が働くような環境では、作品がどんどん死んでしまう」と、規制が及ぼす深刻な影響を指摘する。

 石原慎太郎都知事も「表現者」としては同じ気持ちなのだろうが、「児童ポルノを見過ごすのは犯罪に加担するに等しい」として条例改正にこだわった。

 その言い分は分からぬではない。が、過度な性描写はいま野放しにされているわけではない。子どもの性的感情を刺激したり、残虐性を助長したり、自殺や犯罪を誘発する作品は、現行の条例でとうに販売を制限されている。

 今回の改正はそれでは不十分として、強姦(ごうかん)など刑法に触れる性行為や近親間の性行為を「不当に賛美したり、誇張して描いている」漫画やアニメを販売規制の対象として具体的に明記した。

 しかし、賛美や誇張が不当かどうか、誰がどんな基準で決めるのか。明確な線を引くのは不可能だろう。そこには、どうしても恣意的な判断が入り込む。

 その意味で、今回の改正は条例に行政が介入する余地を広げるためのものだったのではないか。いったん否決された改正案を再提出した石原知事の執念に、そんな不信や疑念もつきまとう。

 そこでは、行政が条例で表現行為を規制していいのかという本質的な問題の議論が欠落していたのではないか。

 「表現の自由」にかかわる規制だ。運用にあたっては、臆病なほどの慎重さを求めたい。公権力の恣意的な規制が、適用範囲をなし崩し的に広げ、言論や表現活動を封じていった歴史の苦い教訓を忘れてはなるまい。


=2010/12/16付 西日本新聞朝刊=

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/215920

愛媛新聞社ONLINE 都の漫画規制条例 守ったものは子ではなく大人

漫画「クレヨンしんちゃん」の主人公、野原しんのすけが近年、おしりをあまり見せなくなっている。

 アニメ化された当初、しんちゃんの言動は社会現象になる一方、低俗番組扱いもされた。青年漫画誌の連載のためか大人受けする皮肉やきわどい性表現も見られ、親をばかにするようなセリフが子に悪影響だとして、保護者団体からやり玉にあげられた。

 その騒動をパロディーにもしていた作者の臼井儀人さんは昨年、事故で亡くなった。生前に作風を変えたのはさまざまな理由があってだろう。

 作品は作者の手を離れて世に出た瞬間から作者だけのものではなくなる。読者や視聴者との対話、あうんの呼吸で作品は洗練もされうるし、受け入れられもする。

 その過程に行政が入り込む余地はない。創作物に規制を施そうにも明快な客観基準を見いだせないからだ。親を敬えというのは道徳的善。性的なものへの寛容も嫌悪も十人十色。近代国家において法と道徳の分離は必要条件、権力が表現行為に不当介入しないことが十分条件だ。

 事の重さを東京都議会は自覚すべきだった。この1年、物議を醸し続けた都青少年健全育成条例の改正案がきのう可決、成立した。いわゆる有害図書の指定制度が十分機能しているにもかかわらず、漫画やアニメ、ゲームの過激な性描写への規制を広げる。

 18歳未満のキャラクターを示す「非実在青少年」という不可思議な文言は削除されたが、規制対象がよりあいまいになった。作家や出版社への萎縮効果は絶大であろう。

 今回の改正論議が一貫して行政主導で進んだことから、摘発強化に重点が置かれたのは明白だ。条例を所管する都の青少年・治安対策本部は警察幹部OBがトップを務め、警察庁出向者もいる。

 親が有害と感じるものを子から遠ざけたい思いは自然だが、懸念はたいてい取り越し苦労である。表現物の性的描写と実際の性犯罪とは何ら因果関係を見いだせないとするのが定説だ。何が有益かを判断する力は、家庭や地域が学びの機会を与え、多様な情報に触れる中で子自身が磨いていくものだろう。

 この条例が守るのは子ではなく、親のかりそめの安心、警察の威厳ではないか。

 問題作「クレヨンしんちゃん」はすっかりホームコメディーの定番となり、行政がお墨付きを与えるほど。評価は時代によっても変わるのだ。

 不快なものを排除する規制のたぐいは、歯止めがかからなくなる。戦前の言論統制も国民に分かりやすい漫画の規制から始まった。独善的な正義や道徳で作品を焼く者は、いずれ人をも焼く。それこそ歴史が証明している。

http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017201012160373.html

漫画と都条例 「過激」に乗じて規制か(12月15日)?北海道新聞[社説]

東京都が、過激な性描写のある漫画などを子供に売れないように青少年健全育成条例を改定する。15日の都議会本会議で可決、成立する流れだ。

 行政が青少年育成の環境を整えるのは当然だが、出版物の販売禁止にまで踏み込むのは乱暴すぎないか。しかもその基準は曖昧だ。

 作家や書店の萎縮が心配だ。さらに、拡大解釈で表現や出版の自由が侵されないか大きな懸念がある。

 作家の多くが集中している東京都で独自の規制を行えば、一自治体にとどまらない影響が及ぶだろう。

 現行条例でも対応はできる。改定は見送るべきだ。都議会の最終結論をしっかり見届けたい。もし成立するなら、拡大運用がなされないよう、不断に監視する必要がある。

 条例案では、漫画やアニメに登場する人物の架空の行為を法などで判断し、販売の自主規制を求め、悪質なものは販売を禁止できる。

 規制されるのは、残虐性を助長し、自殺や犯罪を誘発するもののほか、「法に触れる」「近親者間」などの性的な行為を不当に賛美し、誇張するように描写・表現したもの。

 このうち強姦(ごうかん)など「著しく」社会規範に反する行為を「著しく不当に」賛美するものは販売禁止となる。

 また条例の所管は、警察幹部OBがトップを務め警察庁出向者もいる都の青少年・治安対策本部。表現や文化ではなく、取り締まりに重点が置かれていることを裏付ける。

 漫画の世界では、性的な表現がエスカレートしているとされる。保護者が、子供たちをそうした出版物から遠ざけたいと考えるのは自然なことだ。

 しかし、行政が販売可否の線引きをするのは別問題だ。出版界や作家が強く反発しているのも当然だ。

 出版界だけではない。日弁連や日本ペンクラブは反対声明を出した。日本図書館協会も、慎重な対応を求める要請を行っている。

 同様の条例案は6月議会で一度否決されている。都議会はあらためて改定の重大さを自覚すべきだ。

 とりわけ、今回一転して賛成する民主党の責任は重い。13日に可決した総務委員会は、慎重な運用を求める付帯決議も行ったが、法的拘束力はない。

 子供にどんな漫画がよいか、どんな情報が役に立つかは、多様な情報に触れる中で家庭や地域社会が学ばせ、子供自身が学ぶことだ。戦前の言論統制が、わかりやすい漫画本などの規制から始まったという歴史にも思いを致す必要がある。

 一部の漫画に対する素朴な嫌悪感が、最も大切な自由を差し出すことにならないとは限らない。

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/264601.html

高知新聞:高知のニュース:社説:【都の性描写規制】表現の自由を脅かすな

東京都が漫画やアニメの性描写を規制する青少年健全育成条例の改正案を都議会に提出し、総務委員会で賛成多数で可決された。15日の本会議でも可決、成立する見通しだ。

 都の条例とはいえ、大手の出版社は東京に集中している。「東京の基準」は他の自治体にも大きな影響を与えかねない。最大限に尊重されるべき表現の自由が絡む問題だけに、見過ごすことはできない。

 改正案は6月議会で否決された案を、一部修正した。元の案は「規制の記述が抽象的で、表現の自由を侵害する」との批判が強かった。

 18歳未満の登場人物を「非実在青少年」というあいまいな概念でくくり、規制しようとした元の案が否決されたのは当然だ。そこで都はその文言を削除し、規制対象を強姦(ごうかん)など刑罰法規に触れるか、近親者同士の性行為を「不当に賛美・誇張」して描いたものを規制対象にした。

 しかし、「不当に賛美・誇張」したというのも、あいまいな基準であり、それを判断するのは行政だ。恣意(しい)的な判断や拡大解釈によって規制の範囲が広がり、表現の自由が脅かされる懸念はぬぐえない。

 出版業界や著名漫画家たちは、修正で登場人物の年齢制限がなくなったために、「規制の範囲が広がった」として反対している。作家らでつくる日本ペンクラブも、「表現・言論の自由をゆがめる」と反対だ。

 そもそも漫画の中の法令違反をどう判断するのか。都側は「青少年の健全な性的判断能力の形成を妨げる程度に、描かれているかどうかだ」と説明する。「健全な判断能力」「程度」と、ここでもあいまいである。

 一方で、過激にみだらな行為を描いた作品を子どもの目に触れさせたくないという、親心も分かる。しかし何がよくて、何が悪いかを判断する能力を養うためにも、行政の基準を押しつけてはいけないのではないか。

 東京都を含めた自治体には、既に有害図書制度がある。安易に規制に走る前に、その活用を考えたい。表現の自由が絡む問題は、あくまで業界の自主的な規制や保護者らの努力に任せるべきだ。

 悪い作品は自然に忘れ去られ、漫画やアニメは世界に誇る日本の文化になった。規制が若い作家の創造力を萎縮させ、才能の芽をつんではなるまい。

http://203.139.202.230/?&nwSrl=268498&nwIW=1&nwVt=knd

東京都青少年健全育成条例改正案 可決について―マンガと表現の自由と人身取引―(ポラリスプロジェクト)

12月15日に東京都議会が青少年健全育成条例の改正案を賛成多数で可決したことは、多くのメディアで取り上げられています。わいせつな出版物を18歳未満の子どもへ販売することを規制した、すでに存在する条例の改正案で、性犯罪を不当に賛美する漫画やアニメを対象に加えることで規制の強化を図っています。

「子どもへの有害な出版物を他と区別すること」と、「表現の自由」の間で、どこに線を引くべきか、という議論です。ポラリスプロジェクトは人身取引という視点から、子どもを対象とした性的搾取を無くすことを活動の一部にしていますが、その意味では今回の規制強化は当然のことで、遅すぎたくらいです。この規制によって、児童ポルノ(子供からの性的搾取)の氾濫を抑えたり、児童ポルノに対する需要を軽減したり、その潜在的加害者を減らしたり、といった効果が少しでも期待できると考えています。私たちの活動から見えてくることを具体例として挙げると、インターネットや携帯サイトを通じて広がっている児童ポルノ被害は、加害者も18歳未満だったり、10代の頃から規制対象となるような図書・漫画に触れ、大人になって子どもからの性的搾取という犯罪――つまり人身取引――に手を染めてしまう、などという状況です。そしてこのような事例は少なくありません。

表現の自由や、創作の自由を叫ぶ声が聞かれますが、そこで守ろうとしている基本的人権の裏で、子どもへの人権侵害が起こっているわけですから、どこかに明確な線を引かなければならない。どこに引かれるべきか、という議論は続きますが、少なくとも今回の規制強化が人身取引をなくし、子どもを大切にする社会づくりの一助となることを期待します。

(2010年12月16日 文責:プログラムオフィサー 船戸 義和)

http://www.polarisproject.jp/cases/jp-children/88-japan-children/902-2010-12-16-05-49-51

東京新聞:毒舌トークで人気のあるタレント、マツコ・デラックスさんが、

毒舌トークで人気のあるタレント、マツコ・デラックスさんが、石原慎太郎東京都知事をテレビ番組で激しく批判し、話題になっている。きっかけは、同性愛者を蔑視する知事の発言だった▼過激な性描写のある漫画などを規制する青少年健全育成条例改正の陳情をPTA団体から受けた際、知事は同性愛者がテレビ出演することを批判。さらに、「(同性愛者は)どこか足りない感じがする。遺伝とかのせいでしょう。マイノリティーで気の毒ですよ」と語っていた▼公の立場で差別的な発言をするような政治家が力をいれる政策は、「すべて信憑(しんぴょう)性がなくなる」とマツコさんが言及した都の条例改正案がきのう、都議会本会議で可決、成立した▼過激な性描写のある漫画など子どもには読ませたくないという親の気持ちは当然のことだ。ただ、きわどい性表現のある作品の販売は、現行条例で成人コーナーに制限されるなど、すでに厳しく規制されている現実がある▼これまでの条例の運用で対応できるのになぜ新たな行政の介入が必要なのか。そんな声が出版界には根強い。「表現の自由を侵害する危険が増した」と多くの漫画家や出版関係者から危ぶむ声が噴出しているのは分かる▼国旗国歌法案の国会審議中、小渕内閣が「強制はしない」と繰り返していたのに、教員を大量に処分してきたのは東京都なのだから。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2010121602000043.html

2010年 第四回定例会 一般質問 (自治市民 '93) 

<青少年健全育成条例について>
継続審議を経て、第2回定例会で廃案となった青少年健全育成条例の改定案が、またもや提出されました。
この改定案に向けた手続きは、拙速かつ市民の意見も聞いていません。
当初の改定案は審議会での議論、そしてパブリックコメントを経て提出されました。その上でなお、3月17日に条例文の解釈について、急きょ都の見解を作成するなどのドタバタ劇で、知事自身、記者会見で「精読していないので詳細に考えていない」との発言までされた条例です。
今回は、「非実在青少年」という言葉は削除されていますが、逆に「刑罰規定に触れる」という形で、規制対象は十八歳以上にまで広がっています。さらに「社会規範に反する行為」という、法と道徳を混同した言葉で、漫画やアニメを狙い撃ちにしています。
そもそも審議会の答申、パブコメの流れから見ればまったく別の改定案を提示しているにもかかわらず、条文が出たのは告示日当日です。

Q:このように全国の関心が高い条例は、再度市民からの意見集約を行うべきと考えますが、パブリックコメントを行うことなく、今定例会に提出する理由を伺います。

自主規制団体など、規制への考え方に食い違いがある場合は、規制と犯罪発生率の相関関係など科学的な結果をもとに出版業界と話し合うべきだと考えます。

Q:条例改定にあたって、これまで出版業界とどのような話し合いをして来たのか、お聞きします。
Q:また、条文中「著しく社会規範に反する」という文言は対象が曖昧で、ますますわかりにくいものとなっています。この言葉で何が規制され、この改定でどのような社会を目指しているのか伺います。

私は子どもを無菌状態で育てることが良いとは思いません。日々社会は変わっていきます。どんな社会的状況であっても善悪を見定め、自分で判断する子どもを育てる。それが親をはじめとする大人たちの仕事ではないでしょうか。「これは大丈夫」と減菌した大人の価値観だけを与え、いいなりの子供を育てていたら、グローバルな社会に対応できません。私は今回の改定案は大人の「逃げ」だと感じています。
大人は見せたくない暴力やセックスのマンガなどを見たら、自分で子どもに伝えればいい。条例を推進する方々は自分たちが子どもたちと向き合わず、「行政に何が悪いかを決めてもらおう」という他力依存の気持ちがないか、点検していただきたいと思います。
被害者が発生する児童ポルノと違い、想像を形にしただけのマンガなどを取り締まるのは表現や思想を取り締まることになります。
私は若者を、自立心をしっかり持ち、自分で判断できる人間に育てることが教育、子育ての最大の目的と考えています。その意味で昨今の青少年健全育成条例自体に疑問を持ち、改定が加わる毎に迷走し続けていると感じています。
知事も表現者の一人として、反モラル的小説を含め、さまざまな想像を形にされてきました。知事は、ご自身の作品を含め、何を子供に見せ、何を見せないかの取捨選択を、行政まかせにすることに違和感はないでしょうか。

Q:社会は行政がつくるわけではありません。今回の条例は子育てを行政に依存することにつながると考えますが、ご見解を伺います。

殺人は罪に問われます。それでも、殺人事件は起きています。
法律や条例で人を縛れないということだと申し上げておきます。

http://www.asahi-net.or.jp/~pq2y-fks/gikai/1004a.html

信濃毎日新聞[信毎web] 漫画の性描写 安易に規制に走らずに

過度な性行為や近親相姦(そうかん)を描いた漫画やアニメを、青少年に販売しないよう規制する。東京都が開会中の都議会に出している都青少年健全育成条例改正案である。性情報があふれる現状を苦々しく思っている人は多いだろう。けれど、事は単純ではない。

 漫画家や出版社が改正に強く反対している。日本ペンクラブや日本弁護士連合会も声明を出した。「表現の自由」にかかわる重大な懸念をはらんでいるからだ。

 改正案をめぐっては、広く意見を聴く必要がある。安易な規制強化は慎むべきだ。

 都が最初に改正案を提出したのは3月議会だった。「表現の自由を侵害するおそれがある」と反対論が強まり、6月に否決された。

 再提出にあたり、都は内容を修正している。それでも懸念を拭いきれない。むしろあいまいさが増した印象がある。

 たとえば、改正案は規制の対象を「刑法に触れる性行為や近親者間の性行為を不当に賛美・誇張して描写したもの」とする。

 賛美や誇張が「不当」かどうか、明確に線を引くのは難しい。ストーリーの前後の流れや全体構成によっても解釈は分かれよう。恣意(しい)的な判断が入り込む余地がある、と言うよりも、個々の受け止めは異なって当然である。

 「児童ポルノの氾濫を見過ごせない」とする石原慎太郎知事の意欲は分かる。性的虐待を受けている児童の保護は急がねばならない。ただし、被害児童が実在しない漫画やアニメをこれと同列に論じるのは無理がある。過度な性描写への規制は、現行の条例で十分に対応できる。

 冊子の袋かけや販売コーナーを分けるなど業界の取り組みも進んでいる。こうした自主的な努力をさらに強めるべきではないか。

 自由な想像力と表現から豊かな作品が生みだされる。成人映画から出発して米アカデミー賞を取った映画監督もいる。若い才能が萎縮しないよう、公権力の介入は最小限とするのが望ましい。

 条例改正の影響は全国に及ぶ。東京には出版社が集中している。規制の強化は、情報発信のおおもとを縛ることになる。

 苦い教訓がある。「有害」かどうかのものさしを行政に委ねると拡大解釈される危険がある。「表現やコミュニケーションという民主主義社会の根本にかかわる配慮や規制は、自主的・自立的に行われるべきだ」。日本ペンクラブの声明は、表現活動が弾圧された戦前の歴史に学ぶものである。

http://www.shinmai.co.jp/news/20101211/KT101210ETI090005000022.htm

実在児童の人権擁護基金
(郵便振替)
10020-57716711
ジツザイジドウノジンケンヨウゴキキン

(ゆうちょ銀行)
店名:〇〇八(ゼロゼロハチ) 普通 5771671
ジツザイジドウノジンケンヨウゴキキン

http://jitsuzai-jinken.cocolog-nifty.com/blog/
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